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25日のDDTプロレスリング「DDT Special 2015」東京・後楽園ホール大会のDDT EXTREME級選手権試合では、 アントーニオ本多が男色ディーノを下し3度目の防衛に成功。だが、直後“問題児”ケンドー・カシンがリングに上がり、11.28大阪でのタイトルマッチが緊急決定した。
王者がルールを決められるため、今回は「テキサスマイベストフレンドトーチャーデスマッチ」という、選手の代わりに友人たちが犠牲となり、友人が声を出したら負けとなる特別ルールを採用。本多の友人・竜剛馬と、ディーノの友人・大鷲透がつかまり、選手たちがロープエスケープ、ダウンをするたび、顔面への洗濯バサミ攻撃や、背中に氷を入れられる、顔面にバターを塗って犬に舐められるなどの責め苦を味わわされた。ついにくさや攻撃に大鷲が耐え切れず、本多が勝利。だが、喜びもつかの間、突如姿を現したカシンに奇襲を食らい、ベルトを持ち去られるという屈辱にまみれた。
カシンは「いろんなルールが選べるんだろ。UWFルールに3カウントを入れてやる」と、勝手に拡大解釈。一方、迎え撃つ本多は「すべてのEXTREMEを超える戦いにする」と、これまでの“規制”概念を超えたルール投入を匂わせた。
引用:カシンがベルト強奪 EXTREME王座挑戦に名乗り=DDT
引用:カシンがベルト強奪 EXTREME王座挑戦に名乗り=DDT
2015年7月16日、8月開催の音楽フェスティバル「サマーソニック」に、台湾の男性歌手クラウド・ルー(盧廣仲)ら4組が出演することに。台北で記者発表会が行われた。聯合報が伝えた。
【その他の写真】
16日、文化部影視・流行音楽産業局が開催した記者会見に、クラウド・ルーはじめ、人気バンドのSORRY YOUTH(拍謝少年)、FLESH JUICER(血肉果汁機)、ChthoniC(閃霊)が出席。台湾から今年は計4組が音楽の祭典「サマーソニック」に参加することになった。
台湾組のリーダーに任じられたクラウド・ルーは、高い音楽センスに加え、愛嬌のあるルックスと親しみやすいキャラクターでも人気。昨年は日本で音楽番組に出演し、広島の観光大使を務めるなど、すでに日本と縁をつないでいる。前日の15日に30歳の誕生日を迎えたが、「今年の誕生日の願いごとはサマソニに取っておきたい。みんながそろって大成功することを願っている」と意気込みを語った。(翻訳・編集/Mathilda)
引用:来月開催の音楽フェス「サマーソニック」に出演、男性歌手クラウド・ルーら4組―台湾
引用:来月開催の音楽フェス「サマーソニック」に出演、男性歌手クラウド・ルーら4組―台湾
CSチャンネル「TBSチャンネル1 最新ドラマ・音楽・映画」では、 7月から8月にかけてマンガを原作にした映画を集中放送する。
7月25日には、SMAP・香取慎吾が主人公の“両さん”こと両津勘吉を演じた映画「こちら葛飾区亀有公園前派出所 THE MOVIE 勝どき橋を封鎖せよ!」をオンエア。このほか「NANA」「NANA2」や「花より男子ファイナル」「ROOKIES-卒業-」「桜蘭高校ホスト部」などもラインナップされた。
放送を記念したプレゼントキャンペーンも。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」既刊195巻のほか、 各作品の原作マンガ全巻をそれぞれ1名に贈呈する。応募は公式サイトにて8月末まで受け付ける。
夏休み!マンガ原作映画特集
放送チャンネル:CS放送「TBSチャンネル1 最新ドラマ・音楽・映画」
映画「こちら葛飾区亀有公園前派出所 THE MOVIE 勝どき橋を封鎖せよ!」
2015年7月25日(土)11:00~13:00
2015年7月31日(金)15:00~17:00
映画「NANA」
2015年7月18日(土)11:00~13:00
映画「NANA2」
2015年7月18日(土)13:00~15:20
映画「花より男子ファイナル」
2015年7月18日(土)15:20~17:40
映画「イキガミ」
2015年7月18日(土)17:40~20:00
映画「ROOKIES-卒業-」
2015年7月18日(土)20:00~22:20
映画「桜蘭高校ホスト部」
2015年8月8日(土)18:50~20:40
映画「プライド」
2015年8月9日(日)17:10~19:20
映画「クロサギ」
2015年8月15日(土)18:50~21:00
引用:こち亀、NANA、ROOKIESなどマンガ原作映画をCSで集中放送
引用:こち亀、NANA、ROOKIESなどマンガ原作映画をCSで集中放送
18年前の1997年夏、中国吉林省のとある農村で、私は痩せた朝鮮人の老人と向かい合った。年齢は70歳ぐらい。「孫に負われて川を越えて来た」と言った。北朝鮮の咸鏡北道(ハムギョンプクド)から越境して来た脱北難民だった。飢餓で妻と娘を失い、万策尽きて、その日の朝中国に渡って来たのだった。
【他の写真を見る】 脱北者流入防止のために、豆満江の中国側全域には鉄条網が張られている。
「日本から来た記者です」と私が自己紹介すると、老人は驚いて私の顔をまじまじと見つめ、「50年ぶりだ、日本人に会うのは」と言った。飢餓の実情について話を聞き、村を離れる段になって、老人は唐突に日本語を発した。「チンオモウニ、コウソコウソンクニヲ…」教育勅語だった。
学校で朝鮮語を使うと日本人の教師にひどく叱られた。皇居の方角を毎日遥拝した。戦後「満州」から南下して来た日本人難民の群れのボロボロで真っ黒な姿が目に焼き付いている、と日本の記憶を語った。それらは、韓国でお年寄りから聞かされた体験談と相似形であった。
私はこれまで1000人近い北朝鮮の人たちを取材してきたが、そのほとんどの人にとって、私は生まれて初めて会う日本人だった。閉ざされた北朝鮮を訪れる人は稀な上、当局によって決められた平壌中心のコースを外れて動けない。地方都市の庶民にとって外国人は火星人のような、遠い見えない存在だ。それはつまり、日本社会にとっても北朝鮮の民衆は長く不可視の存在であったということである。
今年は敗戦から70年、日韓国交正常化から50年。日本による侵略と戦争に対する歴史認識と、悪化した韓国との関係の修復が毎日のようにメディアで論じられている。だが、そこに北朝鮮への視線はほとんど見えない。北朝鮮との間には拉致問題しかないかのごとくである。北朝鮮地域に暮らす人も、皇国臣民にならされ、様々な戦時動員に駆り立てられていたことを忘れてはならない。
この隣人と、日本がまっとうな関係を作れないまま100年以上が過ぎた。植民地期は支配者と被支配者の関係だった。冷戦下では互いに敵対する陣営にあり、その後も北朝鮮の核開発と拉致問題のため対立は溶解せず、国と国は交わりなきままである。さらに、2000万の民は三代世襲独裁政権の下で長く閉じ込められており、会うこと、話すことを望んでも叶わない。
もう植民地時代を記憶する脱北者と出会うこともなくなってしまった。多くが亡くなり、川を越境する体力もないためだ。北朝鮮の民衆の過去と現在と未来と、日本はどう向き合うのか。節目の年だからこそ考なければ。無視は罪だ。